niyalistのブログ

東京大学 生産技術研究所でITと公共交通について研究している伊藤昌毅が、日々思うことや研究のことを書きます。

2019年を振り返る

1年を振り返るような記事をまとめたいと毎年思いつつ、年末の忙しさにかまけてなかなかまとめられないのだけれど、今年は、久しぶりに書いてみました。前回書いたのは2011年。今から読むと、立場上やるべきとされてることと、自らが思うやるべきことに引き裂かれながら逡巡する中で東日本大震災を迎えたということが分かります。

今年は、数年来取り組んできた公共交通オープンデータの推進が次のステージに進んだ年となりました。路線バスのオープンデータ化はほぼ既定路線となり、MaaSなどのデータを基盤とした次の取り組みも具体化してきました。もちろん、ひとつひとつの動きは各自治体、事業者などの取り組みであり、「お前は何をしたのか?」と問われると困ってしまうのですが、微力ではありますが旗振り役を続けて来たという気はしております。

一方で、特に地方の公共交通の危機的状況はいよいよ深刻化しています。これは、人口減や一極集中のさらなる進行、デフレ脱却の困難などが背景にあり、公共交通だけで解決できる問題ではありません。とはいえ、地域のインフラとしてのモビリティをどう実現するかという課題の中で、当然公共交通には重要な役割があります。これを、データ整備やIT化、今年はMaaSという取り組みでいかに前に進めていけるかが問われています。

標準的なバス情報フォーマットによるオープンデータ公開が170事業者へ

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旭川高専の嶋田先生がまとめられているGTFS・「標準的なバス情報フォーマット」オープンデータ一覧に掲載されている、GTFS/GTFS-JPによるオープンデータが12月31日時点で170事業者になりました。この1年で約100事業者増えたことになります。私のニュースでありながら、もはや私が具体的に何かをしているわけではないのですが、言い出しっぺの一人としてこの状況をうれしく思っています。事業者の方の意識も、「GTFSって何?」という段階から「やるかどうか」「やりたいが人やお金が足りていない」といったところに進んできた感触があります。ここにどのような支援が出来るか、交通全体のデジタル化へとどうしたら繋げられるか、引き続き考える必要があります。

標準的なバス情報フォーマット第2版を公表した

本年3月に、国交省にて「標準的なバス情報フォーマット 第2版」をまとめ、発表することが出来ました。2017年3月に初版をまとめてから2年経ち、運用上生じていた問題などを一気に修正し、リアルタイム情報に関してもGTFSリアルタイムを本フォーマットに採用しました。事務局を務めた(株)トラフィックブレイン 太田恒平さんの推進力あっての成果ですね。このフォーマットに関しては、 gtfs.jpというサイトを立ち上げ、そこでも紹介するとともに、Tipsの交換やフォーマット更新の議論をGitHubで行えるような体制を作りました。

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MobilityDataとの交流

Googleなどの支援を受け、世界的にGTFSフォーマットの標準化などを進めているMobilityDataという団体との交流が進みました。5月に開催したミーティングはこちらのブログ記事に紹介しています。その後GTFS仕様書の和訳プロジェクトにも協力しております。

公共交通オープンデータのイベント開催

3月に東大にて「公共交通オープンデータ最前線 in インターナショナルオープンデータデイ2019」を開催しました。公共交通オープンデータ協議会の坂村健先生や横浜国立大学の中村文彦先生といったこの分野を開拓された先生方にご講演頂いたほか、佐賀、群馬、富山といった県単位でデータ整備を進めている地域の担当者にご講演頂いたり、数多くのライトニングトークを頂くなど盛りだくさんの内容でした。特に坂村先生とのトークバトル?は多くの方の印象に残ったようです。 2020年も3月7日(土)に同趣旨のイベントを開催します。是非ご参加、ご発表ください(近日中にご案内します)。

4月には同じく東大で「標準的なバス情報フォーマット/GTFS勉強会」を開催しました。これは、より具体的、実践的な議論、情報交換の場だったのですが、少ない関係者で3パラのイベントを行うのは大変でしたね。関係者を鼓舞し続けた諸星賢治さん、直前に無茶振りしながら、快くご講演を引き受けてくださった皆様にほんとうに感謝です。

技術書展6への出展など

データがオープンデータとして公開されながら、それを活用した事業や研究がまだ十分ではない状況の中で、GTFS/GTFS-JPの活用可能性を広げる技術情報をどのように広めるか、というのは個人的な関心事でした。今年は、@kumatira氏を中心に「鉄道・バスのデータをハックする」という同人誌をまとめ、4月に開催された技術書展6に出展し好評を得ることが出来ました。オンライン版はまだ購入可能です!9月にはQiitaにGTFSデータとOpenTripPlannerを使って公共交通による到達圏解析を行うという記事を投稿しました。なかなか手が回らないですが、さらに技術情報を充実させたいと思っています。

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オープンデータ推進のネットワークが広がる

本年度も、引き続き地方自治体や交通事業者、各地の運輸局などとご縁を頂き、データの整備や活用が地域交通の関係者の幅広い関心事項になって来たことを実感しております。昨年からお手伝いさせて頂いている沖縄、バスロケ整備をきっかけにデータ整備、活用が始まった熊本、県バス協会が先導する広島、県庁、市役所、地域の事業者がそれぞれ引っ張る群馬・前橋など各地の興味深い事例を学ぶとともに、関係者が地域で孤立せず、ベストプラクティスを共有できるような横の繋がりが作れたらと微力ながら動いております。

また、IT系からも、前述の技術書典だけでなくMOBILITY:devというイベントにて基調講演をさせて頂き(紹介記事1紹介記事2)、来年2月にはデブサミ2020で講演させて頂くなど、さまざまに興味を持って頂いております。交通とITという大きな相乗効果が期待できる組み合わせを深められるよう、来年以降も動ければと思っています。

10月に開催したくらしの足をみんなで考える全国フォーラム2019において、DeNAオートモーティブ事業本部の黒澤部長、前橋市役所の細谷交通政策課長をお招きしたセッションを開催できたのも、こうした繋がりあってのことでした。元々、私よりだいぶ(?)上の世代の方が始められたフォーラムの実行委員に加わり、分野や産官学の垣根を越えたセッションを企画出来たことは、多くの人に共通する交通という課題を垣根を越えて議論する場作りという点でも意味があったと感じております。

運行管理者資格取得

3日間の基礎講習のあと3月3日の試験に合格し、無事運行管理者試験(旅客)に合格しました。試験日がオープンデータイベントの翌日で、ほとんど準備が出来なかったので、なんとか合格できて良かったです。日頃バスの話をしている手前、落ちることが許されないという謎のプレッシャーはしんどかったですね。普通のバス・タクシー業界の人のほか、IT業界からも受験者がちらほらいるようです。しかしこの資格、何かの役に立つのかな。

国交省MaaS懇談会(都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会)に参加

2018年10月より国交省都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会に参加し、MaaSに関する施策の基本方針の策定のお手伝いをいたしました。これを受けた新モビリティサービス推進事業のモデル地区選定やMaaS関連データ検討会にも参加しております。

2010年に鳥取大学に職を得たときから関わってきた、ITによる公共交通の高度化が、MaaSという大きな動きになったのには心強さを感じています。一方で、国交省の事業としてMaaSを推進するということの難しさを痛感する日々でもあります。

次期交通政策基本計画の策定に参加することになった

年末に交通政策審議会 交通政策基本計画小委員会に任命頂き、2021年度からの5ヶ年の交通政策の基本計画を議論する場に加わることになりました。議論は年明けから本格的に始まりますが、交通におけるITの役割が大きくなる中での、この先5年を考えた計画作りということで大きなプレッシャーを感じています。一方で、縮小、衰退する日本の中での地方交通の疲弊という課題感は大きく、5年前に定められた現行計画を読むと、字面こそ変わらなくても、課題の深刻度はますます大きくなっていると感じています。ITが全てを解決するわけではないですが、ITの活用無しに日本の交通を立て直すことは出来ないということ、また、自動車にしろ鉄道にしろ交通情報システムにしろ、産業としての交通が全て国内産業でまかなえていた状態から、MaaSなど新しい動きの中でそれが流動的になり、産業政策としての交通行政という観点も求められるようになっていることなど、自分なりの論点を整理しインプットできればと思っています。

交通信号の研究を始める

4月より研究室を移り、同じ東大生産技術研究所の中の大口研究室という交通工学の研究室で、学生と交通信号の研究を始めております。まだ具体的な成果は出ておりませんが、このタイミングで交通管制・制御というインフラ側に関われているのはとても貴重な機会だと思っています。上を走るバスなどの車両と、足元の道路との関係を学び始めているところです。来年度は、色々な形で研究成果をお見せできると思っています。写真は、交点の通過台数や信号機のタイミングなどを調査し、sumoという交通シミュレータでその様子をパラーメタとして入力して再現しているところです。

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交通を考えるとき、私の視点はまずバスなど道路を走る車両にあるのですが、そう遠くなくインフラ側との協調が必要になると思っています。今は、交通管制は警察の仕事となっていてアカデミックな議論や技術革新の場とうまく繋がっていないように見えますが、遠くないうちにここを繋ぐ動きが必要になると感じながら、新しいテーマに取り組んでいます。

メディア出演など

日経コンピュータ11月14日号に「バスよMaaSに乗り遅れるな、若き研究者が地方交通の再建に注力する理由」という見開き記事を載せて頂いたり、 12月にNらじ特集"地方都市で進む減便 路線バスはどうあるべきか"出演, NHKラジオ第1Nらじ特集"地方都市で進む減便 路線バスはどうあるべきか"に出演させて頂くなど、よく知られたメディアにも出演させて頂くことが出来ました。

出張など

本年度の出張件数は、学会参加や講演などを合わせて集計すると、地域別に以下のようになりました。最多は沖縄で、これは、県の観光2次交通利便性向上の委員会の委員長を拝命しているためです。ほかにも、熊本や広島、前橋など地域の熱気が高まっているところには何度か伺っております。個人的には、出身地である掛川市に呼んで頂き、将来ビジョン検討の議論に参加させて頂いたのをありがたく思っています。この間に受け取った名刺は1032枚、番外編として、霞ヶ関(主に国交省)に伺ったのが24回(見落としがありそう)となりました。家庭の事情で、海外出張が今少し難しいのですが、そろそろ、国際的な情報発信やネットワーク作りも必要な段階になってきましたね。

地域 回数
那覇 4回
名古屋 3回
熊本 3回
前橋 2回
金沢 2回
広島 2回
札幌 1回
青森・八戸・弘前 1回
仙台 1回
磐梯熱海温泉 1回
会津若松 1回
千葉 1回
富山 1回
沼津 1回
掛川 1回
蒲郡 1回
京都 1回
神戸 1回
鳥取 1回
岡山 1回
庄原 1回
高松 1回
福岡 1回

今後の取り組み

2018年の日本モビリティ・マネジメント会議で発表したポスターにまとめた4つの課題が、引き続き重要だと思っています。 f:id:niyalist:20191231211046j:plain

バス事業者: 業務のデジタル化

そのままですね。最近は、デジタルトランスフォーメーションという言葉がありますが、その手前のIT化、デジタル化から地道に着実に進めていけば、本質的にはデジタル技術と親和性の高い業界のはずなので、業務効率の改善が大きく進むと思っています。

ITベンダー: 囲い込みから相互運用性へ

交通事業者のITシステムが、実状としては内部で分断され、メンテナンスにもとても苦労している状況があります。古くからシステム化を進めた事業者ほどデータが分散して存在しており、GTFSの作成もかなり苦労しています。私としては、標準フォーマットの導入が、出口の標準化だけでなく、内部アーキテクチャの標準化のきっかけに出来ないかと考えています。ちなみに、バス事業者の社内システムですが、ざっくりと理解したところ、以下の図のようになっています。実際にはこのようにきれいにはデータが繋がっておらず、それぞれの段階で現場合わせの手作業が発生している状況のようです。是非、ITの価値を交通事業者に感じて頂けるような状況を生み出したいと思っています。

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乗換案内: リアルタイム交通メディアへ

利用者が、スマホを通してその場その時の情報を求めるようになっているのに合わせた公共交通の情報提供が求められています。日本の乗換案内サービスが、今もほとんどが時刻表情報の提供に留まっているのに対して、Google Mapsでは、以前よりGTFS Realtimeによる遅れ情報を加味した検索を実現しており、今年は交通情報などを総合した予測を始めています(例:Googleマップが世界200都市でバスや電車の混雑予測を開始)。残念ながら、日本国内での運用にはまだ問題があり、予測の信頼性の低さが気になるところです。いずれにしても、この領域はまだ発展途上で、サービスの進化の余地はまだまだあると思っています。

交通行政: 届出のデジタル化と活用へ

GTFS-JP(標準的なバス情報フォーマット)は、ひとまずは利用者向けの情報提供ツールとして認知され始めていますが、その提供を可能にするためには交通事業者の業務が十分にデジタル化されてる必要があり、それを促進するためには国の公共交通行政もデジタル化されている必要があります。今年は、太田恒平さんを中心に運輸局への届出のデジタル化の可能性を検討しました。来年以降も、このテーマは公共交通のこれからを支える大事な課題だと考えて取り組んでいきます。

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それぞれ大きな課題ですが、2020年には何とか手が付けられたらと思っています。