niyalistのブログ

東京大学 生産技術研究所でITと公共交通について研究している伊藤昌毅が、日々思うことや研究のことを書きます。

(翻訳)公共交通データは誰のものか?

本記事は、CityLabに掲載されたDavid Zipper氏による「Who Owns Transit Data?」と題した記事を、著者の了承を得て翻訳したものです。公共交通オープンデータのアメリカとドイツの比較から、その推進の重要性を説いています。

補足としては、近年はドイツ鉄道(DB)もオープンデータ推進に力を入れはじめており、Webページを開設しています。駅や路線情報、長距離列車の時刻データなども公開されています。このAPIはGTFS形式ではないため、GTFSへ変換するツールが有志によって公開されています。珍しいものとしては、駅のエレベータやエスカレータの動作状態を取得するAPIもあります。

www.citylab.com


アメリカではほとんどの都市が公共交通データを完全に公開し、経路検索サービスや乗客数の増加に貢献している。一方、ドイツではほとんどの都市が公共交通データを公開していない。ドイツもアメリカにならうべきか?

2017年4月9日
著者: David Zipper
翻訳: 孕石直子

ダイムラーとポルシェのふるさと、ドイツのシュトゥットガルトは、強力な自動車文化の都市である。そして当然そこには深刻な大気汚染問題も存在する。昨年、 シュトゥットガルトの空気があまりに悪く、市長が住民に、車を家に置き、代わりに地下鉄や電車、路面電車、バスなど公共の交通機関を利用するよう求めるということがあった。

このような時、アメリカではApple Maps、Bing Maps、あるいはCityMapperなどのベンチャー企業の製品を使って公共交通機関での移動を計画するだろう。しかし残念なことにシュトゥットガルトの住民はそうしたたくさんある技術ソリューションを利用することができなかった。いずれのサービスもシュトゥットガルトはおろかドイツのほとんどの都市で使えないのだ。

なぜか?シュトゥットガルトのVVS公共交通システムが、ベンチャー企業や地図作成会社に公共交通データを公開しないからである――そうした都市は世界中にたくさんある。その結果、シュトゥットガルトの人々は、アメリカでは多くの人が当たり前に使っている経路検索ツールにアクセスすることができない。それが公共交通機関の乗客数の抑制につながり、自家用車のガス排出量を増やし、経済革新を妨げている。

実は情報の公開に関して私はこの問題に直接関わっている。私の勤務先である1776は、公共か民間かを問わず複数の交通手段の最新情報を表示するベンチャー企業TransitScreenに投資している。例えば、ある都市に住んでいて、A地点からB地点へどのように行くか、決めなくてはならない時があるだろう。料金や利便性によって、車で行くかもしれないし、バスや地下鉄に乗ったり、タクシーを使ったり、バイクシェアで自転車を利用したりするかもしれない。こうした決定をさらに複雑にするのは、UberLyft、Bridjのような、公共交通事業者のウェブサイトやアプリとほとんど連携することのない民間輸送業者の出現だ。

一歩引いて、経路検索アプリがどのようにできているのか、どのように次の列車やバスが到着する時刻が分かるのか、考えてみよう。これらのサービスは、公共交通事業者による、時刻表データや列車の位置、到着予測、および事故情報を提供するAPIアプリケーションプログラムインタフェース)に依存している。公共交通事業者は、この情報を、情報を最新に保つデータフィードとともにウェブサイト(例えばこのような)を通じて公開する。バスの乗り換えを調べようとアプリを開いたり、Googleマップを開いたりするたび、APIを利用しているのである。

公共交通事業者がデータを非公開にして儲けた例を見たことがない。

多くの公共交通事業者は、2005年にGoogleオレゴン州ポートランドの地域鉄道サービス、TriMetとの共同事業で生まれたGTFS(General Transit Feed Specification)という標準規格でデータを公開しているため、交通アプリは新しい都市に簡単に広められる。最初にGoogleに話をもちかけたTriMetの従業員であるビビアナ・マッキューは、Google MapsやMapQuestが自家用車での移動の計画を楽にするものの、公共交通にはほとんど役に立たないう不満から行動を起こしたと述べているGoogleはGTFSデータを使用してGoogle Transit(現在はGoogle Mapsの一部)を立ち上げ、4年間で25の交通アプリポートランドで誕生し、それぞれの方法で地域の人々の移動をサポートした。

このようなサードパーティーのツールは、UberやLyftのような民間の交通事業者から共有される情報にも依存している。彼らは自社のAPIの一部を公開したことについては評価できるが、独占要件のせいで広い意味での「競合他社」と同じように彼らのリアルタイムデータにアクセスすることはできない。

ポートランドに続いてすぐに、ベイエリアのBARTやアトランタのMARTAなどの交通事業者もGTFSを採用し、サードパーティーの開発者にデータを公開した。「我々はSFMTAを自分たちでは紹介できないような様々な場所にいる顧客に紹介した。」とサンフランシスコのMTAのティモシー・ムーア氏は述べている

この動きに躊躇した都市もある。ワシントンDCのWMATAは、Googleや交通ベンチャー企業にデータを提供することは、「我々にとってビジネス上の観点から最良の利益にならない」として、当初GTFSへの動きに追従しなかった。ただしWMATAはデータからどのように利益を得るかについて明らかにせず、またそもそも運行スケジュールは公共の情報のため、合法的に利益を得ることができるのかどうかも明らかではなかった。交通推進者や起業家からの圧力により、WMATAは態度を軟化し、最終的にGTFSを受け入れた。

今日、アメリカの地図によれば、事実上すべての交通機関のデータがGTFSとして利用できるようになっている。GTFSは世界中の約800の交通事業者によって使用されている、最も一般的な国際標準なのだ。ノースカロライナ州シャーロットのようにいまだデータを公開していない都市もあるが、GTFSが登場してから11年、データを非公開にすることで利益を上げた交通事業者はただの一例も見ていない。

しかし、交通事業者がデータの公開に抵抗し続けている場所では話は全く違っている。ドイツはその最たる例で、ドイツ国内で現在GTFSを利用している都市は、ベルリン、マンハイム、ウルムのたった3都市である。これ以外の都市では、VDV 452と呼ばれる1980年代に生まれた独自の国内交通データ標準を使用している。しかもVDV 452データへのアクセスには許可を必要とする。シュトゥットガルトのような都市には、交通オープンデータポータルは存在しないのだ。730億ドルの資産を有するGoogleは資金を投入してシュトゥットガルトのデータにアクセスしGoogle Mapsに投入しているが、TransitScreen などその他のサービスは、Apple Mapsですら、そこまでしてデータを得ようとはしない。大気汚染の削減や温暖化対策に取り組むドイツ。経路検索につまずいている場合ではない。

なぜドイツでこのように抵抗が強いのか?交通データを手放すことへの躊躇を研究するある研究者は、多様な品質の交通アプリに門戸を開くよりは、単一の「公式」マッピングツールを提供したいという事業者の思いに言及している(ただしアメリカの例では、市場自体が淘汰・整理にかなりうまく機能する)。最近、ドイツの連邦運輸デジタルインフラ相アレクサンダー・ドブリント氏にこれについて質問する機会があった。ドブリント大臣はドイツの都市がオープンデータにについて遅れていることを認め、潜在的収入を逃してしまう恐れを述べた――7年前にアメリカのいくつかの都市で起こった事である。「データ最小化の原則から離れ、創造的で安全なデータ資産へと移行しなければならない」と大臣は言う。「公共のデータはオープンデータである。」

ドブリント大臣には難題が待ち構えている。最近のある研究も、シュトゥットガルトのリアルタイム経路検索について、政府の運輸協会が提供したアプリを称賛し、GTFS標準を採用して経路検索会社を惹き付けることについては全く触れていなかった。

これは機会の損失である。何年も前にアメリカの都市が学んだように、交通事業者が自分たちのデータを手放さないことは、事業者自身にとっても乗客にとっても害となるのだ。

著者について

David Zipper氏は、現在ワシントンD.C.のスタートアップハブである1776のパートナーであり、スマートシティやモビリティベンチャーへの投資を監督している。これまで、ニューヨーク市マイケル・ブルームバーグ市長のNYCビジネス・ソリューションのディレクターを務めた後、彼はワシントンD.C.の2人の市長のビジネス開発と戦略のディレクターを務めた。