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niyalistのブログ

東京大学 生産技術研究所でITと公共交通について研究している伊藤昌毅が、日々思うことや研究のことを書きます。

公共交通オープンデータ 能美市の取り組みとその未来

2017年1月21日(土)に、石川県能美(のみ)市を訪問し、能美市が主催する公共交通に関する講演会&アイデアソンにて講演いたしました。能美市では、今年1月に市が運行するコミュニティバス「のみバス」の時刻表データをオープンデータとして公開しました。今回の講演会は、それにちなんだイベントでした。

この記事では、日本における公共交通オープンデータの先進事例であるのみバスの事例を紹介しながら、今後の可能性を考えてゆきます。

石川県能美市

能美市は、石川県の加賀地方、金沢市の西に位置する人口約5万人の町です。2005年に根上(ねあがり)町・寺井(てらい)町・辰口(たつのくち)町が合併して出来ました。市域は白山を源流とする手取川扇状地となっており、江戸時代から九谷焼の産地として知られています。市内には北陸自動車道が通り、北陸先端科学技術大学院大学JAIST)が立地するほか、豊富な伏流水に恵まれていることから、近年は製造業の誘致も積極的に進めています。能美市(旧根上町)出身の著名人として、森喜朗元首相や松井秀喜氏がいます。

「のみバス」とは

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のみバスは、能美市が運営するコミュニティバスです。合併前の各町域を回る3系統の「循環バス」と市域全体を縦断する「連携バス」という大きく4系統が運行されています。運行は加賀白山バスに委託しており、小型バスが1月1日〜3日を除く毎日同じダイヤで走ります。運賃は100円の定額を降車時に支払い、乗り継ぎの際には乗り継ぎ券を発券してもらうことで乗り継ぎ先のバスは無料で乗車出来ます。

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自分の理解のために路線の全体像を図示してみましたが、各系統は、実際にはかなり複雑です。各地区の循環バスは、根上地区にはJR能美根上駅を発着として4方面の循環バスが、寺井地区には2方面の循環バスが、辰口地区には2方面のバスが走っています。連携バスは、東行きが1日16本、西行きが17本走るのですが、各便ごとに違うバス停に停まるのでは?と思ってしまうほどです。図はかなり簡略化しているのですが、実際は更に複雑な経路となっています。連携バスと各地区の循環バスの乗り継ぎ地点として、図に示した4つのバス停が案内されているのですが、路線図をみてみるとこれ以外にも重なっている部分があり、乗り継ぐことが出来そうです。

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ここまで理解したところで、再度Webにあるパンフレットを見るのですが、地名も地形も位置関係も分かっていない部外者にとっては、未だに分かりにくいです。例えば「JRの能美根上駅から九谷焼資料館に行きたい」と思ったとき、どのバスに乗ったら良いでしょうか。そのあと松井秀喜ミュージアムに行くとしたら、どのバスに乗ったらいいでしょうか。本数の少なさも相まって、不安なく移動出来るとはとても言いがたい状況です。もちろん、1つのパンフレットであらゆる人の要求に応えられないのは当然です。この点でも、オープンデータの公開はとても良い選択だと思いました。

公共交通オープンデータ公開の実現

能美市は現在オープンデータ事業を積極的に進めており、アイパブリッシング株式会社の支援のもと、2017年1月にのみバスの時刻表や路線図データをオープンデータとして公開しました。アイパブリッシング株式会社は、Code for Kanazawaの代表を務める福島健一郎氏が経営する金沢にある企業で、スマートフォンアプリの開発のほか、オープンデータに関連する事業も手がけています。公開に当たっては、公共交通データの世界的なデファクトスタンダードであるGTFS形式を採用し、ライセンスとしてCC-BY 4.0を採用しています。現在、能美市オープンデータ事業のWebページからダウンロード出来、出典を示せば、商用も含めて誰でもこのデータを使うことが出来ます。

ここで採用しているGTFS形式とは、2005年にアメリカ合衆国ポートランド市の公共交通事業者TriMetとGoogleとがデータ提供に際して策定したフォーマットであり、駅やバス停、路線や時刻などを複数のCSVファイルに記述したうえで1つのZIPファイルに圧縮したファイル形式です。現在は、世界中の数百の公共交通事業者がGTFS形式で自社のデータをオープンデータとして公開しています。Google MapsやCitymapperをはじめとして公共交通の経路探索が出来るスマホアプリが数多くありますが、多くが、オープンデータとして公開されているデータを収集してサービスを実現しています。

実は日本では、「ジョルダン」「駅すぱあと」などの乗換案内サービスが1990年代後半より時刻表データに対応した経路探索を実現しており、その時からJRのダイヤデータなどが時刻表の出版社によって有償で流通する仕組みが整っています。私鉄やバス事業者のデータも、乗換案内サービス事業者の努力でデータ収集が行われています。このため、鉄道や主要バス路線に関してはオープンデータが活発になる以前から乗換案内サービスで検索出来ていました。しかしこの方式だと、地方のコミュニティバスのような、小規模で乗客が少なく、乗換案内サービス事業者がコストを掛けてデータを収集するには見合わないバス路線はいつまで経っても乗換検索が出来ません。そこで、公共交通事業者が自らのデータをオープンデータとして取り込みやすい形で公開し、乗換案内サービスによる採用を目指す取り組みが活発になってきているのです。

現在、私が関わっているOpenTrans.itを通して、静岡県焼津市島田市コミュニティバスのデータがCC-BY 4.0のGTFS形式で公開されています。また九州産業大学稲永健太郎准教授らによって、福岡県新宮町のコミュニティバス「マリンクス」のデータが整備されています。また山梨県山梨交通富士急行など大手を含めたほぼ全域の路線バスデータが、山梨県バス協会、山梨大学の豊木博泰教授、株式会社YSK e-comらによってオープンデータとして公開されます。乗換案内サービスの側でも、既にGoogleは「Google 乗換案内パートナー プログラム」という形で公共交通事業者によるデータ提供を受け付ける窓口を設け、手続きや必要なフォーマットなどを案内しています。今後、これ以外の乗換案内事業者に関しても、ぜひデータを受け付ける窓口を開設して頂ければと思います。

何が出来るようになったのか?

現在、のみバスのオープンデータはGoogleに採用され、Google Mapsから誰でも検索出来るようになっています。私の実体験を通して、どのような検索が可能になったか例を示したいと思います。

まずは市内で宿泊した「能美市ふるさと交流研修センター さらい」から「九谷焼資料館」へ、朝10時の出発として検索すると次のような検索結果が出てきます。地点から地点への検索なので、九谷焼資料館の最近傍のバス停を通る便でなくても、歩けば目的地にたどり着くことが分かります。

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九谷焼資料館は歴史的な作品や人間国宝による作品などがたくさん展示されていてとても良かったのですが、ここではバスの話を進めます。12時過ぎに今度は松井秀喜ベースボールミュージアムへ向かおうと検索してみます。すると以下のように、2回の乗り継ぎで着くことが分かりました。2つめの乗り継ぎバス停「根上ショッピングタウン」は、のみバスのパンフレットでは特に乗り継ぎバス停として案内されていなかったので、慣れた人でも探すのが難しい経路だと思います。

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しかし結局このルートには乗車しませんでした。雪の降る中で2度もバスを待つこと、到着したバス停「サンタウン南」から更に2km歩く必要があることが理由です。 結局この日は、金沢に向かうことにしました。金沢21世紀美術館を目的地に検索すると、以下のように寺井中央で北鉄バスに乗り換える経路が案内されます。47分も待ち時間があるのですが、地図を確認すると周囲に喫茶店などがあることが分かり、安心してこの経路で金沢に向かいました。

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地域に密着したコミュニティバスは、路線名やバス停名を聞いても場所が想像出来ず、外来者が利用するのは困難でした。また、地域住民の要望もあり経路が入り組んでおり、旅行者にとって便利な路線とは限りません。しかし今回、Google Mapsを通して調べることで、こうした困難を感じることなく、乗換を含めたバス情報を得ることが出来ました。見ず知らずの土地で、全く不安を感じることなくバスを利用出来るのは、個人的にも強烈な体験でした。

これ以外にも、ウィジェットを用いれば現在地付近のバス停のバス出発情報なども得ることが出来ます。この機能などは、バスをよく知る地元の人にとっても便利な機能ではないでしょうか。

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オープンデータを使ったスマホアプリは、特に許可や課金なども要らず誰でも作れます。今回はGoogle Mapsの活用事例でしたが、ぜひこれを越えるバス体験をもたらすアプリが続々登場することを期待しています。

講演会とアイディアソン

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さて、今回能美市を訪問した目的は、能美市にある石川ハイテク交流センターでの公共交通に関する講演会&アイデアソンにおける講演でした。おかげさまで、地域の方を中心に40名近い方がお越しくださり、私の講演を聞いて頂きました。この中では、Google Mapsによるバス検索のデモや公共交通オープンデータの意義などをお話しさせて頂きました。参加者はITに詳しい方ばかりではなく、理解が難しいところがあったかと思いますが、何か伝わるものがあったならば幸いです。

www.slideshare.net

公共交通オープンデータの話をするときは、「スマホアプリに載せるために公共交通オープンデータを実践しよう」という話をしてしまうことが多いのですが、今回は、市民の方がたくさん来られると言うことだったので、まちづくりの取り組みとして「市民が行政と同じ目線で一緒に公共交通を考える手段の一つとしてオープンデータを実践しよう」という話をしてみました。交通を考えることは、まちづくりを考えることそのものです。ただこのあたりは、まだ私のほうも考察不足、経験不足です。今回のような場を通して、更に勉強せねばならないと感じています。

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私の講演のあとは、5、6名の班に分かれて公共交通について考える「アイディアソン」を行いました。私のグループでは、今は自動車に乗っているが数年内に免許の返納も考えているという市内の70代前後の方3名などと一緒にあるべき公共交通の姿を考えました。日頃接する機会のない年代の方の話をゆっくり伺うのはいいですね。グループの別の方からの、「のみバス体験ツアーをやろう」という提案に、前向きに応じられていたのが印象的でした。私の限られた体験でも、のみバスをうまく使えば意外といろいろなところに自由に行くことが出来ます。まだ車があるうちに公共交通も知っておく努力が、市民の側にも必要ですし、運営する側にもそれを伝える努力が必要だと感じました。

今後への期待

能美市コミュニティバスデータが公開され、Google Mapsに掲載されたことは、近隣の市にとっても刺激になったようです。是非この流れが続いて、この後もデータ公開が続くことを願っています。また、Google以外の乗換案内サービス事業者に関しても、ぜひオープンデータ公開を後押しするメッセージがあればと思っています。

オープンデータを利用したアプリとして、今回はGoogle Mapsを紹介しましたが、もちろん誰でもあたらしいアプリを開発出来ます。能美市には北陸先端科学技術大学院大学JAIST)があり、IT人材も豊富です。ぜひ先進的なデータ環境を舞台に、あたらしいアイディアの詰まったアプリが次々と開発されることを期待しています。

今回のデータ整備の技術的な部分に関しては、アイパブリッシング株式会社の努力がありましたが、今後こうした取り組みが拡がるためには、より簡単にデータ整備が出来るようなツールの充実が必要です。OpenTrans.itでは簡易なWeb入力インタフェースを用意していますが、より洗練されて使いやすいデータ整備ツールが充実することが必要です。

データ整備はいちどですむ取り組みではなく、今後継続的に更新してゆくことこそ重要です。時刻表改正のたびのデータ整備を容易にするためにも、 理想を言えば、いちど整備したデータから、運輸局への届出、バス停へ掲示する時刻表、車内アナウンスや運賃箱向けのデータなどが自動的に出力されるようなワークフローが出来ることが望ましいです。

講演の中でも触れたのですが、オープンデータの公開は単にデータが拡がることでバス利用が便利になるだけでなく、データの公開が、新たにバスサービスを考えるきっかけに繋がります。具体的な例としては、アプリで何件の検索が行われるのか、どこの区間で検索が多いか、何時間も待たせる検索結果が何件出ているかなど、アプリの利用ログデータを集計することで、バス路線を評価し、より良いサービスを検討する際の基礎データが得られたりします。

現状では、まずは乗換案内サービス事業者へデータを提供するまでが目標となっています。しかしその先に、公共交通事業者や乗換案内サービス事業者、市民や自治体などが力を合わせて、より良い移動サービスを構築していく未来があると思っています。そんな未来を実現するために、私も力を尽くしたいと思っています。